読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あるソル日記

ある日、ある場所、ソルアの日記

手紙のお兄さんと文通の女の子

突然のことだった。
ペットボトルのお茶と梅のおにぎりを入れたビニール袋片手に道を曲がったら視界が急転回、頭を強く打ってしまった。
どうやら若者の不慣れなバイク運転による事故らしい。
こんなことで、俺はしんでしまった。

昔、仲良しだった女の子。
ただ文通だけの仲だったが、年賀状などで顔も知っていた。
だけどその子はもう何年も前にしんでしまった。
その事は子の親からの手紙で知った。
ーー夜中に呼吸発作を起こして、死んでしまった。
青いアジサイ柄の封筒、宛名宛先は見慣れた字、けれども中身が女の子からの手紙じゃなくて驚いたことでとても覚えている。
……体の弱い子だった。
俺の手紙を毎週楽しみにしていた事は、すぐ届く返事の文面からとても伝わってきた。
その子が亡った前の週にも、手紙を送った。それを読んだかは分からないけれど。
でも、これから会えるね。
そう、俺も死んだんだからさ。

女の人の声がする。
「おめでとう、君は人間として生きる第一ステージを終えた。これから第二の世界へと転生し、生きなさい」
俺は死んだ。
目が覚めるとフワフワした光の漂う空間に、自身もフワフワした光としてそこにいた。
その空間に響くように、声はそう俺に言ってきた。
ここが、天国?
「近頃の人間は転生を嫌がる」
声は言う。
「死んだら安らげるとか、眠れると思い込んでここにやってくる。おかげで第一層はこんなにも"魂"で溢れかえっているわ」
「どうして」
「転生することに魅力を感じないというんの。ここにある魂は皆、眠りの中に生きたいと言ってここにいる。第一層でどんな辛いことがあったのか、私には想像つかないわ。魂は、ここでゆっくりと消えて行ってしまう。稀に別の魂と出会って消えかけた魂が第二層へと転生していくことがあるけれど。……そうだ君、ここにもしかしたら第二層へと連れていけそうな魂がないか調べてあげましょう」
間も無く、目の前に今にも消えてしまいそうな小さな光の粒がポワンと現れた。
「あら……、可哀想な女の子。声が届かなくて、苦しかったんでしょうね……。沢山の言葉を抱えて、その中で夢見てる。……知っているでしょう? あなたが殺してしまったの」
「まさか、文通の女の子のことを言っているのか?」
「他にどんな知り合いがいるかしら? あなたが覚えていたのはこの魂だけ。魂は忘れられて消えるのよ? ……この子を夢から連れ戻して、さっさと第二層へと連れていきなさい」
ぱちん。と、目の前が真っ暗になったと思ったら目の前に沢山の手紙が飛び散った。
風が吹くような勢いで景色が描かれていく。どこにでもある住宅街。
道路に自転車がカラカラと音を立てながら倒れている。
自転車のカゴから飛び出したカバンが地面に手紙をばら撒いていた。
「あ……」
一通。風にさらわれる手紙の中に、あの子に最後に宛てた手紙が入っていた。
(あなたが殺してしまったの)
(声が届かなくて、苦しかったんでしょうね)
(沢山の言葉を抱えて、その中で夢見てる)
「手紙が……届かなかった……」
毎週水曜日、決まってその日に届くように送りあっていた手紙には毎回何枚もの便せんが入っていて、そこに今日は何があった、美味しいものを食べたんだよ、と書かれていて、時々押し花が入っていたこともあった。
元気になったら遊びに行きたいな、って、書いて、あった。
だから、絶対元気になるから!と。
ガラガラと景色が崩れ、再び真っ暗になった。
(何月何日、○○のお兄さんへ。今日はお家の庭でハーブが赤くていい香りの花を咲かせたの。外ではミミズが鳴いているよ、もうすぐ暑くなるね!)
脳内に女の子の声がそう聞こえた気がした。
サラサラと砂が降るように新たな景色が構築されていく。
窓際のベッド。夜中なのに、窓から半身乗り出すように女の子が外の様子を気にしている。
壁に掛けられたカレンダーには毎日黒の丸印がつけられていた。
ただ水曜日だけには黒丸と一緒に赤の丸印もつけられていて、その日の水曜日にはまだ赤丸印はつけられていなかった。
その景色の中で自分は動けて、女の子に近づくとハッとした。
いままで生きてきた中でも見たことがない、まるで世界の終わりを目の前にしてしまったように泣きそうな顔で、片手に赤ペンを握りしめながら窓の外から見える住宅街の道路を誰かさがしている。
勉強机には何枚も用意された便せんと、忘れもしない、女の子の親から送られてきた青いアジサイ柄の封筒。
先に宛名宛先を女の子は書いて、便せんに返事を書いたらすぐに出せるようにと、毎週水曜日を楽しみにしていたんだ。
だけど、手紙は届かなかった。
涙をボロボロと落としながら苦しそうに胸を押さえる。泣き声を殺しながら布団の中に女の子が潜り込んだら景色は女の子のゴホゴホという咳き込む声を共々ガラスを蹴り割ったようにバラバラに砕け散ってしまった。

第一層。
「女の子は死んでしまった。殺してしまった、なんて初対面でちょっと言い方が悪かったわね」
目の前にあった小さな光はなくなっていた。
「あの子の魂は……消えてしまったのか?」
「いいえ? 魂は、忘れられない限り消えない。忘れられない限り、ずっとこの魂の漂う空間で夢を見続ける。 悲しいことに、幸せな夢じゃないわ。あの子は、ずっと声が届くことを夢の中で待っている。何度も何度も、此処で胸が詰まるような苦しみを繰り返してる」
「俺は何もできないのか?」
「 ……私は消えないあの子の魂をずっと見ていた。あの子の未練という残ろうとする力もあるけれど、中途半端にあの子のことを記憶に残してるあなたが許せない。そのおかげで、本来とっくに何もかも消えているはずの夢の中の魂が……一時も夢に安らぐこともなく死ぬような痛みを繰り返してる。正直、私みたいな存在ですら見ていられないわ。だから、あなたに此処に来てもらったの」
「あの日、あの子の手紙だけが転んだときに飛ばされたなんて思ってもなかった、子供に送る手紙は、毎回何十通もあった。俺は知らなかった、手紙が届かなかったことが、もしかしたら、あの子の死に繋がったなんて」
「だから特別に私がリベンジをさせてあげる。もう一度、第一層に行きなさい。」